2007年4月 〔銃撃事件に思う〕

 山々が鮮やかな緑で彩られる季節になりましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。

 4月に入り新しく、良いことが起きそうな希望に胸が膨らんでいる時期に悲しく、ショッキングな事件が続きました。ともに銃殺という悲惨な出来事でした。米国では32人もの学生が、長崎では選挙活動中の市長が狙撃されました。

 米国では、銃の所持が認められており、そのことを巡っての議論が絶えず続けられております。自分の身を守るためには、銃を所持していなければならないという見解ですが、年間に1万人以上の人が命を失っているようです。

 本来自分を守るはずの道具によって相手を傷つけ、命さえ奪ってしまうのです。それは犯罪として罪に定められますが、戦争などの大きな争いになりますと、敵である者を倒せば倒すほど賞賛と栄誉が与えられるのです。人の心とは、何と複雑怪奇なのでしょうか。

 かつてインドには、非暴力を唱えたガンディー(ガンジー)という偉大な指導者がいましたが、それよりも遥か昔、十字架で処刑されたイエス・キリストは「汝の敵を愛せよ」と人々に述べ伝えられ、そのことば通りに生きられた御方です。

 イエスのことばを覚えたいと思います。
「あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。」      (マタイの福音書 5章39節)
「父と母を敬え。あなたの隣人を自分と同じように愛せよ。」        (マタイの福音書 19章19節)

 十字架に掛けられたイエスは、
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分で分からないのです。」と祈られました。
           ( ルカの福音書 23章 34節 )

 私たちは、罪の性質を持っていますから、他の人を羨み、妬み、傷つけ、最悪の場合抹殺したくなるのです。その思いが、ある時銃の引き金を引かせてしまうのです。
 皆さんは、銃の所持をどう思いますか。神の愛を所持していれば、銃などの武器は不要なのです。

 

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