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2007年10月 [スポーツの秋に思う]
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朝夕の冷え込みを感じる季節になりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。 店先に栗や梨、柿などが山積みされている光景に実り豊かな秋を覚えます。また一方で、スポーツの秋を楽しんでおられる方も少なくないと思います。 最近、日本のお家芸といわれている柔道界が国際的な動きに呑まれてしまい動揺しているようです。国技である相撲界も揺れに揺れており、大横綱が引退勧告されるかも知れないという報道があったり、若い力士が稽古中に死亡したことにより、その経緯を調査していく中で親方が処分されてしまいました。選手たちが強くなるため、記録を出すための練習や訓練は想像以上に辛く厳しいものだと思いますが、どの程度、どこまで鍛錬しないといけないのでしょうか。 さて、私たちの人生がスポーツに例えられることは周知のことだと思いますが、その人生の訓練、鍛錬とはどのようなもので、いつまで続くのでしょうか?すべての事がとても便利になってきている現代、私も含めて忍耐力がなくなってきているのではないかと痛切に感じております。多発する殺人事件も例外ではないでしょう。
聖書には次のように記されております。 「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは義の栄冠が私のために用意されているだけです。」 聖書には、朽ちない冠、すなわち義の栄冠が用意されていると記されております。それは私たち一人ひとりの人生という走るべき道のりを、私たちの創造主なる神の愛に答えつつ、信仰によって神に立ち返り、神と共に歩む時、天において授けられる栄光の冠です。 |