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2007年12月 [今年の漢字「偽」に思う]
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HAPPY NEW YEAR! あと数日で今年も終わろうとしておりますが、いかがお過ごしでしょうか。 先月の話題は偽装を取り上げましたが、今年の漢字にも「偽」が選ばれました。それは少し残念なことで、国民としても不名誉なことだと思います。今年はそれだけではなく、殺人などの凶悪な犯罪も目立ちました。犯罪の裏には怨恨と金銭のトラブルがつきものですし、偽装の陰にはお金を儲ける、損をしないための策略が隠されています。 やはり私たちの有り様は、お金を如何に儲けるかということが社会、経済の大きなシステムを動かしているのだと思います。それは、国や歴史を問わず何時の時代でも同じ問題でした。 イエスは、山上の垂訓という場面で、人には二人の主人がいると言われました。その一方は神で、もう一方は富(お金)であり、人間はその両方に仕えることができず、私たちの生き方の指針を明確にしておられます。イエス・キリストの時代は2000年ほど前ですが、偽善者たちはイエスに「税金をカイザル(ローマ帝国)に納めることは、律法(ユダヤの法律)にかなっているでしょうか、かなっていないことでしょうか。」と質問しました。 イエスは次のように言われたのです。 ( マタイの福音書 22章 21節 ) ( マタイの福音書 6章 24節 ) この聖書の箇所は、以前にもご紹介したかもしれませんが、お金がすべてであるかのように思われる今の世の中にあって、私たちが失ってはいけないものをイエス・キリストは教えて下さっています。愛も永遠のいのちもお金では買えないのです。 |